献堂式を終えて思うこと

 新聖堂の献堂からほぼ一月、聖週間、復活祭 と、一年で最も大事な時期を新しい聖堂で過ごすことができ、夢のように思えた祈りの家 に少しずつ馴染みが湧いてきました。予想を 超えて、明るく、落ち着いた、祈りの家にふさわしい場が与えられたことに、何よりもまず、 感謝しなければなりません。長年親しんできた祭壇奥のステンドグラス、十字架、聖櫃、聖 体ランプ、そして、パイプオルガン、さらには、 ベンチと、以前の聖堂の雰囲気を残しながら、 随所に設計士の配慮に満ちた意匠がうかがえ る、限られた条件を最大限生かした、神の民の 集いの場としての聖なる建物に、心動かされ ない人は少ないのではないでしょうか。

 少子高齢化の波が教会にも波及し、あちこちで教会の併合・閉鎖や修道会の撤退が現実のものとなる中で、教会を建て替えるという こと自体に、異論を唱える信徒が少なからず いるにもかかわらず、あえて建て替え計画を 遂行する上で、様々な困難、障害があったこと は否めません。同一敷地内に展開する幼稚園 との関係、工事の前提となる代替施設や典礼・ 集会のための場の確保、そして、最大の関門で ある、資金の調達、そうした課題を一つ一つ乗り越え、着工にこぎつけるために、どれほどの 時間と労力を要したでしよう。幸い、様々な予 想を超えたはからいによって道が開かれ、既 存の建物の解体、基礎工事に続く、幼稚園園舎 と並行して行われた聖堂建設工事が無事終了 し、完成の日を迎えられたことは、神の力強い 後ろ盾なしにありえなかったことと、あらためて感謝する次第です。

 献堂式を終えて3週間、全世界の教会は主 の復活をお祝いしました。細江教会の新聖堂 にも多くの方が詰めかけ、主の大いなる救い の業を思い起こし、共に、感謝と賛美をお捧げ しました。復活祭を喜びのうちにお祝いした 翌日、教会は突然、フランシスコ教皇逝去の報 に接しました。教皇の高齢に加えての激務の 日々に、いのちの主は、ようやく終止符を打たれたことになりますが、教皇が語られた言葉、 示された振る舞い、態度は、いつまでも、人々 の心に刻まれるに違いありません。特に、今まで、忘れられ、軽んじられてきた人々への思い やりに溢れた眼差しは、心に焼き付いて離れ ないのでは。細江教会の新たな船出の時が、フ ランシスコ教皇の帰天と重なることは決して 偶然と思えません。教皇が最初に発表された 文書『福音の喜び』で繰り返された言葉、「出 向いてゆく教会」、これは、まさに、細江教会 の船出にふさわしい言葉ではないでしょうか。 教会に集うもの一人ひとり、そして、小教区全 体が一体となって、勇気をもって、新たな挑戦 に取り組み、人々の中で、信仰の喜びと希望を 示し伝えるものとなるよう、決意を新たにい たしましょう。

作道 宗三

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