後ろを向いて前進しましょう

 新教皇レオ14世が就任されて4か月、まったく無名の方だっただけに、大きな驚きと期待を浴びて登場されましたが、その後、これと言った顕著な行動も見られず、メディアに上ることも少なく、少し焦りのような状態に置かれた方も少なくないと思います。教会全体が保守化されるのではないか、と心配する向きもあれば、静かに深い霊性が周囲に少しずつ影響を及ぼしていることも伝わってきます。フランシスコ教皇が、在任中、次から次へと文書を発表され、そこに込められた新しい風によって、教会の中だけでなく、世界が動かされ新たにされる経験をしたものにとって、レオ14世はどのような方なのか、いまだにつかみきれないでいるのが現状かもしれません。しかし、振り返ってみると、フランシスコ教皇が最初の使徒的勧告『福音の喜び』を発表されたのは、就任されてから8か月後のこと、回勅『ラウダート・シ』を表されたのは2年後、『兄弟の皆さん』は7年後だったことを思えば、焦ることはない、と思い直しています。先日売り出された来年の教皇カレンダーには、「わたしたちは皆、神の手の中にあります。ですから、恐れずに、手を取り合って前に進みましょう」という言葉が載っていました。新教皇の深い信仰がほとばしる言葉です。
 去る9月15日、広島教区大会が岡山教会で開かれました。広島教区創立100周年を記念して編纂が続けられ、ようやく刊行の運びとなった「広島教区百年史」を手にすることができたのは大きな慰めでした。編纂に携われた猪口神父の説明は、主に、広島教区が設立され、中国5県がイエズス会にゆだねられる前の約50年に集中していました。当時、限られた数のパリ外国宣教会の司祭の働きを支えたのは、それぞれの共同体をまとめる伝道士・伝導婦の貴重な働きだったこと、それぞれの地域に教会堂が建てられる前は、一般民家に信者が集まって礼拝を捧げ、不定期に訪れる司祭とともにミサを捧げていたことなど、明治時代の教会は、迫害化の教会とさほど変わらない状態だったことにあらためて驚きを感じました。
 購入した「百年史」に目を通しながら、あらためて現代の日本の教会、そして、わたしたちが置かれている小教区の状況に思いが及び、先人たちの血のにじみ出るような働きに感謝すると共に、わたしたちがいかに今の難局を乗り切っていったらよいのか、考えさせられています。「聖書の民は後ろを向いて前に進む」という言葉を、今回も改めて聞かされましたが、心にずしりと響きます。わたしたちの目の前には、キリシタン時代の教会、宣教師再渡来以後の教会、さらには、太平洋戦争終結後の目覚ましい発展という豊かな過去があります。住み慣れた故郷を離れ、異郷の地ですべてを捧げ尽くした宣教師たち、彼らの導きを通して主に出会い、惜しみない心で自らを差し出した先人たち、人間的な弱さと愚かさにもかかわらず、日本の教会の歩みを力強く導かれた神のいつくしみを思い起こしながら、まだ見えない未来をその神の御手にゆだね、恐れずに前に進む、という教皇の言葉を胸に刻み、日々、信仰者としての恵みと希望をもって生きてまいりましょう。

作道宗三 神父

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