11月 ― 希望の赤い糸

 11月の冷たい秋風が感じられるこの季節、教会は私たちに亡くなった方々のことを思い起こし、神のもとで永遠の光を待ち望む魂のために心を向けるよう招いています。この月は祈りの月であるだけでなく、記憶と感謝、そして世代を超えた霊的なつながりの月でもあります。
 日本では、亡くなった方々を偲ぶことはよく知られた習慣です。私たちはお墓参りをし、お線香を供え、お盆には先祖への感謝を表します。教会でも、年に二度、慰霊祭が行われ、亡くなった方々のために共同で祈りを捧げています。
 11月は、亡くなった方と生きている者、また共同体の中のすべての人々のつながりを深める機会でもあります。現代社会では、年齢や距離、忙しい日々の中で、ミサに頻繁に参加できない方も多くいらっしゃいます。そのような中で、祈りは赤い糸〔*〕のように、心と心、世代と世代を結びつけてくれるのです。
 この赤い糸は、漠然とした運命ではなく、神様からの恵みです。信仰の種をまき、教会を築き、私たちに霊的な財産を残してくださった方々と私たちをつないでいます。彼らのために祈ることで、私たちは敬意を表すだけでなく、神様のもとでの完全な一致に向かう旅路を共に歩む仲間となるのです。私たちの祈りは、亡くなった方々にとって、光や温もり、静かな支えとなるだけでなく、私たち自身が神様の愛につながり続けるためにも必要なのです。
 11月はまた、希望を失わないようにと私たちに呼びかけています。キリスト教の信仰は「死は終わりではなく、永遠の命への扉である」という光を私たちの心にともしてくれます。私たちは恐れではなく、愛ゆえに祈ります。亡くなった方々をこの世にとどめるためではなく、彼らが天の父のもとに帰る旅を支え、そして私たち自身も尽きることのない愛に支えられるために祈るのです。
 キリスト者でなくとも、毎日教会を訪れ、静かに、謙虚に、心から祈りを捧げる方々もいらっしゃいます。この11月、ひとつひとつの祈り、一本のろうそく、教会へ向かうすべての足取りが、信者・未信者を問わず、赤い糸の一部となりますように。そして、小さな思いから始まり、より結びつき、連帯し、希望にあふれる共同体を築いていけますよう願っています。
 「永遠の光が、すべての魂を照らし、
 彼らが平安のうちに憩えますように。
 私たちも、終わることのない愛の旅を
 受け継ぐ者として生きることができますように。」

 〔*〕赤い糸は、運命によって結ばれた人々の絆を象徴する日本の伝承でしょう。多くの物語や映画、アニメ、現代美術などでこのモチーフが描かれており、また、日本の儀式や祈りの場面でも、時を越えて人と人を結ぶ目に見えない糸は、愛や記憶、魂のつながりを静かに語りかけます。

Jbファン・デュック・ディン(藩徳定)

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