イエスの小さい姉妹の友愛会

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人はみな、光に向かいたいという深い望みを持っています。
私たちは、イエスに、とりわけベツレヘムとナザレのイエスに倣い、社会の中で人々と労働や夢を分かち合いながら、友愛を育み、光に向って共に歩むようにと、小さい兄弟シャールの心を受け継ぎ、小さい姉妹マドレーヌによって創立されたキリスト教の修道会です。
イエスは神でありながらベツレヘムで人として生まれ、ナザレで三十歳まで大工として普通の人と変わらない仕方で生活なさいました。
その年月について福音書が語ることはわずかですが、私たちと同じ生活の場をイエスは神との出会いの場、救いの場となされたのです。
イエスのように私たちも「神がこよなく愛されたこの世界(ヨハネ3:16)」の中で、光に向かうために、イエスと人々の小さい姉妹となって生きながら、共に神に心を上げ、より人間らしい世界、より神のみ心にかなった世界を求めて働きたいのです。

創立者イエスの小さい姉妹マドレーヌ1898~1989

小さい姉妹マドレーヌ(マドレーヌ・ユタン)は、1898年、パリで生まれました。
第一次世界大戦と病気で、家族の大半を失います。
家族はドイツと国境を接するロレーヌ地方の出身で、幼い頃から国家間の憎悪や国境による分裂、また社会階級による差別の苦しみを味わいました。
それゆえ、生涯を通して他者と出会い、開かれた交わりに向かい、一致を求めて、人を疎外し、隔て、分離するあらゆる境界を愛をもって取り除こうとしました。
1939年、マドレーヌは、小さい兄弟シャール・ド・フーコーの信仰の理想を慕って、アルジェリアのサハラ砂漠に行き、遊牧民の中で、イエスの小さい姉妹の友愛会を創立します。
イスラム教の貧しい遊牧民との真の友情に支えられ、育まれながら友愛会は成長し、やがて世界中に広がっていきました。
1952年、小さい姉妹マドレーヌは、小さい姉妹たちの理想を「小さい兄弟シャールの後を慕って」と題して、手紙の形で小冊子にまとめました。表紙の色から緑の小冊子と呼ばれているもので、教会の中に新しい修道生活の形を開き、人々に強いインパクトを与えました。
ベツレヘムに生まれ、飼い葉桶に寝かされた乳飲み子イエスに目を注ぎ、そこに神の人に対する無限の愛を見た小さい姉妹マドレーヌは、クリスマスから流れ出る信頼、委託、柔和、喜び、平和、愛のメッセージをもたらすために世界を巡り、冷戦時代の「鉄のカーテン」の後ろの国々にも友愛の家々を設立していきました。
また、森林の中に住む少数のピグミーやインディオ、アラスカのイヌイット、ジプシーやサーカス、露店商人や渡り鳥と呼ばれ、農場から農場へと移動しながら働く季節労働者の中にも友愛の家を設立し、刑務所の中には志願囚として、売春や薬物の犠牲者の中には友として小さい姉妹たちを送り出し、愛をこめて人間の尊厳を尊重しようと努めました。
小さい姉妹マドレーヌは、1989年、九十一歳で世を去りまた。友愛を通して神の小さなしるしになろうとした生涯でした。   
小さい姉妹マドレーヌの生涯を物語る伝記が出版されました。

カトリック下関協働体

イエスの小さい兄弟シャール(ド・フーコー神父)1858~1916

小さい姉妹のマドレーヌは、小さい兄弟シャール・ド・フーコー神父の生と死から霊感を受けました。
シャール・ド・フーコーは、1858年、フランスのストラスブルグで生まれました。多感な思春期に信仰を失い、無規律な生活を過ごしますが、軍人になり、モロッコ探検を機に神の現存に心を揺り動かされ回心します。二十八歳でした。  
巡礼に赴いたナザレで、人となられた神、キリストの生きた姿を具体的に発見し、この時から全生涯をあげて神に身を捧げ、キリストにつき従いたいと望みます。 
司祭になり、アルジェリアのサハラ砂漠で、遊牧民であるトゥアレグ族の友であろうと努め、奴隷制度と闘い、言葉と文化を学び、トゥアレグの叙事詩を収集し、タマハク語の辞書を編纂します。こうして、改宗させることを求めるのではなく、全生活をあげて「福音を叫びたい」と切望するのでした。
彼は、自分をイエスの小さい兄弟シャールと呼び、イエスの体と血の捧げものである聖体のうちに、神の現存と、傷ついた人類を癒し救うその愛を見、他者へと向かい、人々の中に共にいるという友愛と献身の美しい模範を示しました。
1916年12月1日、サハラの奥地、ホガールで死去。第一次世界大戦中、友であるトゥアレグ人の中に最後までとどまろうとして裏切られ、暗殺されたのでした。
彼は、理想を同じくする同志を待ち望みながら、たった独りで死んでいったとはいえ、彼を燃え立たせた精神は、その後、あらゆる民族、文化の中で、同じ呼びかけを聞いた人々によって引き継がれ、今も息づいています。
1933年、小さい兄弟ルネ(ヴォワイヨーム神父)がサハラ砂漠で、イエスの小さい兄弟の友愛会を創立し、他にもシャールに連なる十七を越える霊的修道家族や信徒のグループが世界各地で活動しています。
イエスの小さい兄弟シャールの伝記や霊的手記が出版されています。

日本の小さい姉妹たち

小さい姉妹イエスのマドレーヌは、1954年に全世界を回った時、日本の小さい姉妹を創立しました。
その時、友情を芽生えさせる使命を託して二人の経験のない若い姉妹たちを残していきました。
小さい姉妹のマドレーヌは日本の最北端の稚内に魅せられました。遠く離れた寒村の漁師の厳しい生活に心を打たれたのです。
その上、樺太は当時共産主義体制の下で閉ざされていたのでロシアの兄弟たちのために祈りを捧げるのにふさわしい場所と考えられました。
今も、ここで姉妹たちは生活しています。
小さい姉妹たちは、長野県の山の中の生田にいます。そこで、農業をしている人たちの中で生活し、静かに祈りの時を過ごすために来る小さい姉妹やお友達を迎えます。
日本の友愛の家の本部は、埼玉県入間市の郊外、宮寺にあります。  
小手指にも、もう一つの共同体があります。
池袋の小さい姉妹たちは、孤独な生活をしているお友達との友情を深めようとしています。
最近は、拘置所を訪ねることが多くなりました。
京都の小さい姉妹たちは、露天商の人たちと友情を結び、お寺の縁日には、一緒に屋台を開いています。
下関では、一人の韓国人と三人の日本人の小さい姉妹たちが、生活しています。
現在、韓国・イタリア・フランス・日本の姉妹27人が、日本にいます。
日本からは幾人かの姉妹たちが、韓国・中国・アフガニスタン・南アフリカ・ルアンダ・フランス・アラスカに派遣されています。

日本地区本部:
〒358-0014
埼玉県入間市宮寺2837
☎:04-2935-1870
Fax:04-2935-1871
✉:miyadera@m.ictv.ne.jp

世界の小さい姉妹たち

約1400名の小さい姉妹が70ヶ国にいます。
総本部:Piccole Sorelle di Gesu
2 Via di Acque Salvie Tre Fontane 00142 Roma ITALIA

父なる神に身を託する祈り

下関の小さい姉妹

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