主の変容、「起きなさい。恐れることはない。」

四旬節第二主日A年

みことばの典礼はこちら

 皆さん、四旬節第2主日に与えられた福音は、イエスが山上で姿を変え、栄光のうちに現れた出来事を伝えています。弟子たちは恐れに包まれながらも、主のまばゆい光に触れ、その光が自分たちの歩むべき道を照らしていることを感じ取りました。四旬節は、私たち一人ひとりがこの光に照らされ、心の内側から「変容」へと招かれる時です。

 第一朗読でアブラハムは、神の呼びかけに応えて故郷を離れ、未知の地へと歩み出しました。自分の計画や思いに固執せず、神の導きに身を委ねたその姿は、私たちが四旬節に求められている「古い自分を脱ぎ捨て、新しい自分に生まれ変わる」歩みを象徴しています。第二朗読では、キリストが死を打ち砕き、永遠のいのちを輝かせてくださったことが語られます。主の変容は、復活の栄光を先取りする出来事であり、私たちがどんな困難の中にあっても、希望の光を見失わないようにとの励ましでもあります。

 この福音の光のもとで、先日2月23日に行われた「宣教ひろば」の歩みを思い起こしたいと思います。教区内のさまざまな地域から約120名が集まり、対面とオンラインを通して一つの共同体として心を合わせました。そこでは、広島教区の歴史、平和推進本部の歩み、そして現在取り組んでいる「10のテーマと30のチャレンジ」について、丁寧な報告と分かち合いが行われました。

 歴代の本部長の方々は、被爆50年を契機に「平和の人となろう」という使命が明確に打ち出されたこと、戦争の記憶と平和教育を継承する責任、そして「平和・協働・養成」という3つの柱から「福音宣教・平和・多文化共生・協働・養成」という5つの強調点が形成されてきたことを語ってくださいました。

広島教区・宣教ひろば・山口島根地区
みことばの典礼、この写真をクリックするとご覧いただけます。

 さらに、「10のテーマと30のチャレンジ」の進捗も紹介されました。祈りの深化、神のことばへの親しみ、家庭と共同体の強化、カテキスタや奉仕者の養成、若者の信仰養成、多文化共生、平和の推進、被造物の保護、そして情報発信の充実など、教区全体が同じビジョンを共有しながら歩んでいる姿が示されました。その後、霊における会話(分かち合い)では、「困難に光を当て、ともに歩むあたたかさのある教会を目指すために、私たちはどのような働きに呼ばれていますか」というテーマのもと、一人ひとりが祈りの心で語り、互いに耳を傾け、批判ではなく希望を探す時間が持たれました。

 このような教区の歩みは、今日の福音に照らしてみると、まさに「変容」への招きであることが分かります。主の光に照らされながら、自分の弱さや限界を認めつつ、それでも共に歩み続ける。そこにこそ、教会の姿があります。

 そして、この「変容」への招きは、私たちの小教区にも向けられています。今、私たちの教会では、旧役員と新役員の交代という大切な時期を迎えています。この時期は、まさにアブラハムのように、自分の思いやこだわりを手放し、神の導きのもとで新しい一歩を踏み出す時です。互いの違いを恐れず、互いの弱さを責めず、主の光のもとで心を一つにして歩むことが求められています。

 主の変容の出来事の最後に、天から声が響きました。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」この言葉は、私たちが誰に従い、誰の言葉に耳を傾けるべきかを示しています。自分の思いではなく、主の思いに従うこと。自分の計画ではなく、主の計画に心を開くこと。これこそが、教区の歩み、小教区の歩み、そして私たち一人ひとりの信仰生活の中心にあるべき姿です。

 「平和の人となることは、すべての信徒が宣教者となること。」宣教ひろばで語られたこの言葉は、今日の福音と深く響き合っています。主の光に照らされて変容した者は、その光を世界に運ぶ者となります。私たち一人ひとりが、家庭で、職場で、学校で、地域で、主の平和と希望を証しする宣教者となるよう招かれています。 主は今日も私たちに語りかけます。「起きなさい。恐れることはない。」この言葉を胸に刻み、四旬節の歩みを続けていきましょう。主の光が私たちの心を照らし、私たちの共同体を照らし、そして私たちの教会全体を照らしてくださいますように。

» 神父の話 » 主の変容、「起きなさい。恐れることはない。」