皆さん、今日はミサの中で、ベトナムの教会が生んだ一人の偉大な司教、ファンシスコ・サビエル・グエン・ヴァン・トゥアン枢機卿についてお話ししたいと思います。彼は2002年に帰天されましたが、その生涯は今も世界中の人々に深い感動と希望を与え続けています。特に、どんな暗闇の中でもキリストへの信頼を失わなかったその姿は、現代の私たちにとって大きな光となっています。
トゥアン枢機卿は1975年、サイゴンの補佐大司教に任命された直後に突然逮捕され、13年間も投獄されました。そのうち9年間は独房で、家族とも友人とも会えず、未来の見通しもなく、ただ沈黙と孤独だけが続く日々でした。普通なら心が折れてしまうような状況の中で、彼は絶望ではなく、むしろキリストへの希望を深めていきました。監獄の中で小さな紙切れに書き続けた短い言葉は、後に『希望の道』という本となり、多くの人の心を支える霊的な宝物になりました。「千と一つのメッセージを集めたこの『希望の道』は、戦争で破壊された国の弱り果てた人々を慰め、力づけるために書かれた『牢獄からの福音』そのものです。」
一昨日(25日)ローマで行われた「ファンシスコ・サビエル・グエン・ヴァン・トゥアン枢機卿ー希望の証人」をテーマとして、また、『希望の道』50周年記念の集まりで、ルイス・アントニオ・タグレ枢機卿(フィリピン出身)が、若い頃にトゥアン枢機卿と出会った思い出を語られました。タグレ枢機卿は、若い司祭として大勢の司教の前で講演した時、緊張で震え、講演後は誰にも会いたくないほど落ち込んでいたそうです。その時、一人の司教が近づいてきて、「あなたはとてもよくやりましたよ」と優しく声をかけてくれました。その司教こそ、グエン・ヴァン・トゥアン大司教でした。タグレ枢機卿は、彼が自分の苦しみや屈辱を語る時でさえ、声は穏やかで、顔には平和が満ちていたと話しています。そこには恨みも怒りもなく、ただ静かな光のような希望があったのです。
後になって分かったことですが、トゥアン枢機卿はその頃すでに胃がんを患っており、ほとんど食事ができない状態でした。それでもローマで会うたびに、彼はタグレ司祭を食事に連れて行き、自分はほとんど食べず、ただ嬉しそうに料理を取り分けてあげたそうです。痛みの中にあっても、人を喜ばせることをやめなかった。その姿は、まさにキリストの愛を生きた証しでした。
2002年、トゥアン枢機卿が亡くなられた時、タグレ司教は棺に触れながら、「おじさん、私は来ましたよ。あなたは本当によくやり遂げました」と静かに語りかけたそうです。その言葉には、深い尊敬と感謝が込められていました。
兄弟姉妹の皆さん、トゥアン枢機卿の人生は、私たちに大切なことを教えてくれます。希望とは、状況が良くなるのを待つことではありません。どんな暗闇の中でも、キリストが共におられると信じることです。私たちも今日、自分の生活の中にある不安や苦しみを抱えながら、トゥアン枢機卿のように静かに、しかし確かに、キリストへの希望を選びたいと思います。神さまが皆さん一人ひとりの心に、同じ平和と希望を豊かに注いでくださいますように。
