共同体の姿

復活の金曜日20260410

カトリック細江教会

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 皆さん、

 今日のみ言葉は、復活された主がどのように私たちを強め、また共同体を一つにしてくださるのかを静かに、しかし力強く示しています。まず、第一朗読に語られた使徒ペトロの姿に心を向けてみましょう。彼はもともと学問もなく、荒っぽく、弱さも多い漁師でした。あのペトロが、今やユダヤの指導者たちの前で堂々と、恐れずに、復活したイエスの名によって癒しが行われたことを証ししています。この変化は、人間の努力だけでは説明できません。復活された主が与えてくださる聖霊の力によって、ペトロは主イエスのみ言葉と行いを思い起こし、悟り、語り、そして勇気をもって立ち上がることができたのです。

 私たちも同じです。自分の弱さや限界を感じるとき、奉仕に招かれても不安になるときがあります。しかし、主はできるから選ぶのではなく、選んだ者を強めてくださる方です。心を開けば、聖霊が必要な力を与えてくださいます。

 今日の福音では、弟子たちが夜通し働いても何も得られなかった場面が描かれています。疲れ、失望し、先が見えない中で、岸辺に立つ一人の見知らぬ人の声が響きます。「舟の右側に網を打ちなさい。」弟子たちはその言葉に素直に従い、思いがけない大漁を得ました。ここには、共同体の大切な姿が示されています。誰かが方向を示し、誰かが最初の一歩を踏み出し、他の者が心を合わせて歩む。そこに共同体の命が生まれます。

 共同体には、必ずリーダーが必要です。誰かが始めなければ、他の人はどこに向かえばよいのか分からず、舟は舵を失ったように漂ってしまいます。主は共同体にリーダーを与え、その人を通して働かれます。しかし同時に、リーダー一人では何もできません。周りの人々が支え、協力し、祈り、共に歩むとき、共同体は初めて力強く前に進むことができます。

 そして興味深いのは、主を最初に認めたのが指導者であるペトロではなく、ヨハネであったことです。これは、主が誰を通して語られるかは私たちには分からないということを教えています。年配の方、若い人、新しく来た人、あるいは外から来た人の言葉を通して、主が示されることもあります。だからこそ、リーダーも、仲間も、互いに耳を傾ける謙遜さが必要です。

 今日のみ言葉から、私たちは三つのことを心に留めたいと思います。第一に、奉仕を恐れないこと。主は弱い私たちを強めてくださいます。第二に、復活の主を信頼すること。たとえ成果が見えなくても、主は岸辺から私たちを見守り、必要な時に必要な言葉を与えてくださいます。第三に、互いに協力し、心を合わせること。リーダーがいて、仲間がいて、そして復活の主が共にいてくださるとき、共同体は一つの体として成長し、希望と喜びに満ちた場となります。

 復活された主が、私たちの共同体の中にある小さな声、小さな気づき、小さな働きを通して、御自分のしるしを示してくださいますように。聖霊が私たちを強め、ペトロのような勇気と、弟子たちのような一致を与えてくださいますように。私たちの共同体が、復活の喜びと希望に満ちた場となりますように。 アーメン。

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