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皆さん、今日の第一朗読で神さまは、「わたしはあなたを、すべての民の光とする」と語られました。イスラエルの民は神さまに選ばれた民でしたが、それは特別な待遇を受けるためではなく、彼らを通してすべての国の人々が救いの神を知るためでした。しかし、試練に出会うたびに、彼らの心は揺れ動き、自分たちの使命である「光となること」を忘れてしまうことがありました。この姿は、試練は信仰を壊すためではなく、信仰を清め、強めるためにあるという大切なことを私たちに教えてくれます。どんな状況の中でも、私たちは神さまの愛を証しすることができるのです。
今日は洗礼者聖ヨハネの誕生を祝う日ですが、私はその両親であるザカリアとエリサベトに心を向けたいと思います。二人は長い間、子どもが与えられないという深い悲しみを抱えて生きてきました。年を重ねても願いは叶わず、それは信仰にとって大きな試練だったはずです。そしてようやく子どもが与えられた時、今度はザカリアが口がきけなくなるという新しい試練が訪れました。年老いた夫婦にとって、決して楽な日々ではなかったでしょう。それでも二人は神さまの言葉を信じ続け、沈黙の中でも、苦しみの中でも、神さまの約束をしっかりと心に刻んで歩み続けました。
そこへマリアさまが訪れ、三か月間ともに過ごし、祈り合い、支え合いながら、ヨハネの誕生を迎える準備をしていきました。そしてここで私たちは次のように気づきます。強く揺るがない信仰を持ったヨハネが生まれたのは、その前に、強く揺るがない信仰を生きた両親がいたからだということです。ヨハネの使命の根には、両親の静かで深い信仰があったのです。
今日、私は心から感謝したいと思います。教会の中にいる多くのお父さん、お母さんたちに。静かに、誠実に、祈りながら家庭を支えている方々に。その姿こそ、子どもたちへの一番大きな贈り物です。どうか神さまが、今日の家庭を支えるすべての親たちを祝福してくださいますように。また、共同体をいつも支えてくださった年配の方々や指導者たちを祝福してくださいますように。そしてその信仰の光から、また新しい「ヨハネ」が生まれ、この時代に神さまの道を示し、神さまの光となることができますように。
アーメン。
