主の昇天A年2026年細江教会
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兄弟姉妹の皆さん、今日、私たちは主の昇天をお祝いしています。この出来事は、主イエスが私たちから離れていく日ではありません。むしろ、主イエスが新しい仕方で、もっと深く、もっと力強く、私たちと共にいてくださることを示す日です。
復活節の間、私たちは、復活された主が「新しい世界」と「新しい民」を造り出しておられる姿を見てきました。空っぽの墓は、死が終わりではないという新しい世界の始まりを示しました。そして、息を吹きかけて弟子たちに聖霊を与えられた主は、恐れに閉じこもっていた弟子たちを、勇気ある宣教者へと造り変え、新しい民を生み出されました。
そして今日の昇天の出来事の中で、主イエスは「人としての地上の使命」を終えられます。私たちと同じように歩き、食べ、涙を流し、苦しみを受けられたそのお姿は、ここで一つの区切りを迎えます。しかし、神としての主イエスの働きは終わりません。むしろ、ここから新しい形で始まります。主イエスは天に上げられ、時間や空間に縛られない、神としての完全な現存へと入っていかれます。
使徒言行録はこう語ります。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける」。主イエスは去っていかれるのではなく、聖霊を通して、弟子たちと、そして私たちと共に歩む新しい時代を開かれたのです。
エフェソの手紙でパウロは、「神はキリストを御自分の右の座に着かせられた」と語ります。「右の座」とは、力と栄光の象徴です。つまり、主イエスは今、すべてを治め、すべてを導き、私たち一人ひとりのために執り成しておられるということです。私たちの弱さも、涙も、祈りも、すべてを抱えて、父である神の前に立っていてくださいます。
今日の福音で主イエスは弟子たちに言われます。「行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」。これは弟子たちだけに向けられた言葉ではありません。今を生きる私たちにも向けられた言葉です。しかし、主イエスはただ命令するだけではありません。その前に、「わたしは天と地の一切の権能を授かっている」と言われ、そして最後にこう約束されます。「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」。
これこそが昇天の核心です。主イエスは「去っていく」ように見えて、実は「もっと深く共にいてくださる」。姿は見えなくても、力は以前よりも強く、近く、確かに働いておられる。これが、主の昇天の恵みです。
そして、兄弟姉妹の皆さん、今は5月、教会が特別に聖母マリアに心を向ける月です。主イエスが天に上げられた後、弟子たちは不安と期待の中で祈り続けました。その真ん中に、聖母マリアがおられました。母として、信仰の模範として、弟子たちを支え、励まし、共に祈っておられました。
私たちも同じです。主から使命を受け、日々の生活の中で福音を生きようとするとき、私たちはしばしば弱さを感じます。勇気が出ない時もあります。先が見えない時もあります。そんな私たちのそばに、聖母マリアは静かに寄り添ってくださいます。「主はあなたと共におられる」と告げられた聖母マリアは、今、私たちにも同じことを教えてくださいます。「恐れなくていい。主はいつもあなたと共におられる」と。
兄弟姉妹の皆さん、主の昇天は、私たちに三つのことを思い起こさせます。第一に、主は遠く離れたのではなく、もっと深く、もっと力強く共にいてくださるということ。第二に、私たちは主から使命を託されているということ。そして第三に、私たちは決して一人ではないということ。主が共におられ、聖母マリアが私たちを支えてくださる。 どうかこの恵みのうちに、私たち一人ひとりが、主の愛と希望の証し人として歩むことができますように。アーメン。
